今回は元オリンピック代表選手、新体操の深瀬菜月さんの経歴についてまとめました。
高校や大学などの学歴や、新体操の経歴などプロフィールをご紹介します!
深瀬菜月の高校や大学など学歴やプロフィールは?
深瀬菜月さんのプロフィールを見ていきましょう。
名前:深瀬菜月(ふかせなつき) 生年月日:1994年4月10日 年齢:26歳 出身:秋田県 学歴:光明学園相模原高等学校、東京女子体育大学 所属:秋田新体操クラブ
すこやかライフNo.49 新体操選手/深瀬 菜月 さんhttps://t.co/fHxb0zdTCU pic.twitter.com/K9lPkOQZF8
— 数寄屋番外地 (@SukiyaBangaichi) April 20, 2017
深瀬菜月さんは秋田県出身の新体操選手です。
6歳の頃から新体操を始め、オリンピック選手として活躍しました。
高校は光明学園相模原高等学校を卒業しています。
光明学園相模原高等学校は神奈川県相模原市にある仏教系の私立の高校です。
偏差値は現在でいうと38〜46ほど。
調べてみると体育科学コースがあり、サッカー選手の河野広貴さんも同じ高校出身でした。
おそらくですが深瀬菜月さんも体育コースにいたのではないかと考えられます。
その後、東京女子体育大学に進学されています。
深瀬菜月さんはジュニア時代から新体操選手として活躍し、オリンピック選手にまで成長しますが、幼い頃は喘息に悩まされたようです。
1、2歳の幼少期に喘息が悪化して入院したこともあり、かなり大変だったようですね。
そんな持病を抱えた深瀬菜月さんはどのようにしてオリンピック選手にまで成長したのでしょうか?
深瀬菜月の新体操の経歴は?
深瀬菜月さんが新体操を始めたのは6歳の頃です。
秋田新体操クラブに入ってとにかく猛練習をしました。
練習中に喘息の発作が起こることもあったようですが、強い気持ちで厳しい練習を乗り越えたようです。
そして中学3年生のときに全日本ジュニア選手権で3位に入賞し、さらには全日本選手権で18位に入賞する成績を残しました。
その後に日本代表であるフェアリージャパンに入ることになります。
持病と戦いながらも日本代表に選ばれるところまで成長できたのは素晴らしいですよね。そうとうな努力をしたのだと思います。
日本の選抜団体チームに入団してからの成績は以下のようになります。
- 2010年 エストニア新体操国際 (Miss Valentine) 団体総合3位
- 2010年 世界新体操選手権モスクワ大会 団体総合6位 種目別決勝フープ6位
- 2011年 W杯イタリア新体操国際 団体総合8位 種目別決勝 リボンフープ8位
- 2012年 ティエグランプリ新体操国際 団体総合6位 種目別決勝ボール6位
- 2012年 W杯イタリア新体操国際 団体総合10位 種目別決勝ボール5位
- 2012年 W杯ロシア新体操国際 団体総合2位 種目別決勝ボール2位
引用:Wikipedia
ご覧の通り、2009年に入団以降好成績を残していますね。
そして2012年にはロンドンオリンピック代表として出場し、団体7位入賞しています。
当時まだ高校3年生でした。
オリンピック出場後は左脚の怪我に悩まされ、大学入学を目前にひかえたところで手術となりました。
リハビリに励み、手術後の2年後になんとか大学の競技部に復帰します。
当時部員は84人もいたそうですが、そこから団体代表に選ばれ全日本新体操選手権で優勝されています。
怪我を乗り越えて大学チームに貢献でき本人もほっとしたのではないでしょうか。
深瀬菜月の経歴は?まとめ
以上、新体操選手深瀬菜月さんのこれまでの経歴をまとめました。
- 6歳から新体操を始める
- 高校は光明学園相模原高等学校
- 大学は東京女子体育大学
- 高校3年でロンドンオリンピック出場
持病や怪我を乗り越えてオリンピックという夢を掴んだガッツのある選手であることがわかりました!